2015.12.28.

大森医師会視察旅行

広報担当 小関治美

平成27年10月31日に理事会の視察旅行が岩手県にて行なわれた。盛岡までは新幹線、その後バスにて約2時間半ほどで陸中海岸にある宮古市に到着した。土曜の夜7時であったが、最初の視察である後藤医院であった。後藤先生の医院は、有床診療所であるが、透析の設備が50台以上もある、鉄筋4階の立派なビルだ。


三陸海岸は明治29年、昭和8年、それ以外にもチリ沖大地震によるもの、そして今回の大震災による巨大津波と、わずか100年ちょっとで4回もの津浪の被害が出ている土地である。今回の地震でも岩手県は3月11日以降、1週間以上電気のない状態であったが、後藤先生は通常地下にある非常用バッテリーと貯水タンク(人工透析は大量の水を使用する。)をビルの屋上に配置していた。かなりの大金がかかったそうだが、そのおかげで人工透析などの医療を継続することができた。

津波は宮古の町で約2メートルで、海水のヘドロ(津波は表面の海水よりも海底のヘドロが主体となる。この海水を誤飲すると致命的な肺炎になる。)も1階の診察室に入り込み、近所の住民も多数避難してきたそうだ。

もし今回の地震で福島県の原子力発電所が、後藤先生のように地下ではなく、ビルの屋上に非常用バッテリーを設置していたとすると、メルトダウンはおこらず、日本の歴史が変っていた可能性が高い。以前より共産党の議員が国会で何度かそのことを指摘していたが、政府はまったく聞く耳を持たなかった。後悔先に立たず。ヒトとはおろかな生物である。

翌日の日曜日、午前中に田老町に行った。リアス式海岸の港に漁船もあったが、震災後の復興作業はまだまだであり、急ピッチで施行している様子である。地上より10メートル以上ある堤防から見ると町全体の様子がわかる。港の入口は狭く、リアス式海岸なので、津波が増幅して巨大になるのがよくわかる。

港より約1キロほどで高台の土地になるが、写真で見た以前の町並みはない。ただ海岸より500メートルほどの所に6階建てのホテルが残存しているだけだ。

我々は町役場の横の民家で、このホテルの社長が撮影したビデオを拝見させてもらった。社長の思いがあり、門外不出のビデオで、当地の状態と合わせて見学してほしいとのことであった。

ホテルの6階よりビデオを撮影している。500メートルほど先の堤防の上に、若者らしき二人が小さく見える。地震後第一波の津波が来る。第一波は3メートルほどでまだ二人はそこにいる。すぐに第二波がやって来た。なんと17メートルの巨大な津波で一瞬で二人は流されてしまう。津波はすさまじい勢いで町中を飲み込んでいく。ホテルのすぐ下の民家から高齢のオバアサンが出てきた。社長がビデオを撮りながら、大声で津波がすぐそこに来ていることを叫ぶ。

「早く逃げろ!!」

オバアサンは忘れ物があるらしく、もう一度家にもどりすぐに外に出てきたがもう間に合わない。興奮の為ビデオの画面がゆれているのがよくわかる。4年前の記憶が走馬灯のように思い出され、このすさまじい映像を見ていると自然と涙があふれていく。

午後はバスで盛岡市にもどり、市の郊外にある新築された岩手医科大学を見学した。サッカー場がいくつもできるような広大な敷地で、すぐ横に新病院が建設中である。

岩手県の面積は四国4県の面積とほぼ同じで広大である。盛岡市は県のほぼ中央で、昨日行った宮古市は北上高地を超えて約200キロもある。この岩手医大には日本でただ一つの救急災害病院がある。現在も稼働中のドクターヘリも数機あり、今回救命救急の麻酔科を視察した。

私の専門である麻酔科なので興奮する。人体そっくりな人形があり、研修医が実際の麻酔の前にシュミレーションができる。すべてにモニター・ビデオ・音声が付いていて、後に再生して確認作業ができる。当然気管挿管や硬膜外麻酔のシュミレーションが可能で、人形の眼で対光反射の様々な実習や、術後一過性におきるシバリングなどの体動もリアルである。IVHの挿入も可能で、私が研修医であった昭和末期のゴム製の胸部から上だけの人形を使用した挿管実習とでは隔世の感がある。今の研修医がうらやましい。

又医療器具や水、食料品、その他緊急支援物資などの大量ストックが約5年分ほどあり、食料品などの賞味期限が近づくと、近隣の学校やフィリッピンの大型台風の時などに無料支援しているそうだ。

少し高価(17万円とのこと。)であるが、災害時には絶対に必要な緊急トイレがあった。軽量で便器の中にまず凝固剤を入れ、使用後にバッテリー(50回使用可)で自動的にビニールに取り込まれ、無臭で衛生的である。後は燃えるゴミとして捨てる。思わず「これほしい。」と思わせるものであった。

大森医師会でも、災害救急対策は工藤理事を中心として、毎年様々な取り組が行なわれている。今回この視察旅行で実際の現場をこの目で見たことは大変価値があり、これからの医師会の活動に参考になることが多々あったと思う。

最後に今回の視察の企画、準備等を全面的にしていただいた、岩手医大出身の藤井副会長と我々わがままなオジサンの面倒と会計等をやっていただいた加藤事務長の二人に、心から感謝を述べたいと思います。